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朝からスコーン

考えたこと。やってみたこと。やってみたいこと。

異郷の地で困る人の力になりたい

 
 
ハワイへ旅行中の両親から、連絡があった。
 
父がひどい頭痛に複数回襲われているとのこと。
 
 
病状を説明するので英語に翻訳してほしい、という依頼だった。
 
 
 
異国の地での体調不良は、国内のそれと全く勝手が違う。
 
 
・どの薬を買えばいいのか?
・そもそも、どこでどう買えばいいのか?
・救急車はどう呼べばいいのか?
・言葉がわからないので、病状を説明できない
・お金はどのくらいかかるのか?どのタイミングで請求されるのか?
・外国人ということで、厳しめに検査されるのではないか?
・下手したら隔離されるのではないか?
・入院にでもなったりしたら、帰りはどうすればいい?
・帰りの飛行機に間に合うのか?
・すでに予約してある、残りのホテル滞在費は?
 
 
ぱっと思いついただけでも、こんなにある。
 
異国の地での不安の源は
 
①言葉がわからない
②常識がわからない
 
このふたつに尽きる。
あとは、
 
③頼れる人(知り合い・信用できる人)がいない
 
これも大きい。
 
急病やけがとなると日本でもパニックになるのに、勝手のわからない土地でそのような事態に陥ったら本当に不安になると思う。
 
 
 
 
 
私自身、海外にて不安でたまらなくなった経験がある。
 
 
大学4回生を休学してスコットランドへ留学した、2013年4月。
 
私は空港からホストファミリーの家への行き方も知らぬまま、エジンバラ空港へ降り立った。
 
そこで気づいた。
 
「空港から市街地への行き方、知らない…!!」
 
当時はロクに英語が喋れなかったので、聞こうにも聞けない。
 
案内を頼りにバス停にたどりついた。
 
待つ。
 
バスが来た。
 
どうやら乗るときに支払うようだ。
 
乗った。
 
30分くらい経ち、市街地に着いた。
 
降りた。
 
感動なんてこれっぽっちもなかった。
 
エジンバラ市内に今晩予約してあるホステル。
 
なんとかしてそこにたどりつかねばならない。
 
もう夕方。
 
焦っていた。
 
「ヨーロッパの駅のタクシーは危険。乗ってはいけない」
 
出発前そう耳にしていたため、なんとかして自力でたどりつこうとした。
 
30kgのスーツケースを押しながら、石畳の坂道をさまよう。
 
日が暮れてきた。
 
………泣きそう。
 
もうどうやっても見つからない。
 
ええい、ままよ!
 
 
タクシーに乗った。
 
なんだ、普通にええおっちゃんやん。
 
地図を見せる。
 
「あーーーこれ、地図が間違ってるね。道の名前が違うよ。」
 
fu*k.
 
まあまあ、無事にたどりついたからよしとする。
 
 
ここで次の問題発生。
 
開かない。
 
ホステルのドアが、開 か な い 。
 
ふと通行人の女性が目に入った。
 
なんだろう、立ち止まって、何か目でボールでもおいかけてるかのような動きをしているぞ。
 
彼女の視線の先。
 
見覚えのあるでかいスーツケースが静かに転がり落ちていっている。
 
脇にあった私の30kgが、無い。
 
走った。
 
間一髪、被害者を出すことなく、無事30kgを回収できた。
 
さて、先刻の問題は何ひとつ解決していない。
 
押せども引けども開かない、ホステルのドア。
 
脇をみるとパスコードロックがある。
 
わからないと入れないのか。
 
しゃーない、最終手段だ。
 
ちょうどホステル前にあった電話ボックスから、電話をかけた。
 
"h...hello? I have a reservation for tonight.
 I'm just in front of your hostel. 
 The door doesn't open!"
 
冷静に考えてみれば大して深刻な事態ではない。
 
しかし何も勝手がわからない地で、ひとりぼっち。
 
だれも気にかけてくれない。
 
私はいまだかつてないほど不安だった。
 
半泣きで必死の電話をかける私に、宿のおにいちゃんはこう言った。
 
"It should open!
 Maybe it's too stiff for you HAHAHA"
 
開いとるんかいいいいいい!!!!!
 
HAHAHAじゃねーよこんちきしょーめと内心毒づいていたら、ドアが開いて、親切そうなおにいちゃんがひょっこり顔を出していた。
 
なんとか今晩の寝床にたどりつけた………!
 
私はひとまず、安堵した。
 
 
 
 
その晩かもしれない、私が最も強く「ガイコク」を感じたのは。
 
 
8人ベッドの男女共用ドミトリー。
 
部屋に目に入るなり目にとびこんできたのは、半パン上裸で昼寝する青年。
 
の隣でほぼ下着状態でいちゃいちゃするカップル。
 
うわあああ、こいつら、違う生き物だ…!
 
8人部屋で、結局私以外全員が白人の若者だった。
 
あいさつもせずだんまりのアジア人に向けられる不躾な視線をひしひしと感じながら、ここは「ガイコク」であり、その一方で自分が「ガイコクジン」であることを痛感した。
 
 
その夜はほとんど眠れなかった。
 
時差ボケもあっただろうが、寝るには頭がぱんぱんすぎた。
 
 
たとえ私の身に何かあったとしても、警察は呼べない。救急車も呼べない。
 
何か困ったことがあっても、ロクに言葉話せない。
 
どこに行けばいいかもわからない。
 
頼れる人もいない。
 
私はいまここで、ひとりぼっちだ。
 
ずっとそんなことが頭の中をぐるぐるしていた。
 
 
そして思った。
 
日本に来た外人さんも、同じような感覚なんだろうなと。
 
彼らの力になりたい。
 
私の母国日本で困っている人たちの力になりたい。
 
心からそう思った。
 
 
 
まだ英語の話せなかった私にとって、母国語の通じる安心感というのは尋常じゃなかった。
 
通じない不安感というのも尋常じゃなかった。
 
 
 
言語の持つ影響力・エネルギーはすごい。
 
通訳になりたいという私の夢は、もしかしたらこうした体験にも根ざしているのかも知れない。
 
たくさんの人の間に信頼できる懸け橋を渡せる通訳になりたい。
 
そう思った。