朝からスコーン

考えたこと。やってみたこと。やってみたいこと。

目覚めの一言が、思い出せんの…!

目が覚めた時にわけわからん台詞が頭に浮かんで、今日のブログはそれについて書こ~~と思ってたら顔洗ってる間に忘れてしもた。。。

あ!これ『君の名は。』現象やん!共感…

 

ついったを見てると、日々大量の情報が消費されていっているのがよくわかる。

ついった、昔は鍵もつけて、身内とのコミュニケーションにしか使ってなかったけど、最近はかなり幅広くフォローしてみてる。勉強用に。

首相官邸とか、各国ニュースとか、投資家とか、省庁とか、英首相にロンドン市長とか、現役通訳者とか。

正直何言ってるのか半分もわからないんだけど、どうせ言葉のシャワーを浴びるのなら実になるものにたくさん触れておきたいなと思って。

 

まず、インプットから変えてみる。

 

あー、京都行きたいなー。

10月!もう3日…

おはようございます!

 

先週1週間はみごと一度も5時台に起きられず…

むっちゃだるかった汗

低気圧、というやつでしょうか。本当に体が重かった。

早起きに失敗すると、ブログ書くタイミングを逃しちゃうんですよね…日中に「あ、これ書こう!」とかいろいろ思ったりはするんですが(゜-゜)

 

10月は通訳学校再開、11月は結婚式+新婚旅行、12月は年末でわたわた、とあっという間に2017年を迎えてしまいそうな予感がビンビンしてます。

とりあえず、1日1歩は前進したいなあ、と思いながら今日も一日を過ごします。

エンターテイメントとしての候補者討論会

昨日はヒラリーvsトランプでしたね!

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(Poll: Who Won the First Presidential Debate? - Breitbartより引用)

 

私はアメリカの現状はよくわかっていませんし、どっちの政策がどうとは言えないのですが、討論会は面白かった!

www.youtube.com

映像の演出の仕方とか音楽とか、これはエンターテイメントなんやなーってめっちゃ思いました。「一大公式行事を粛々と進めます…」とかそんなんでは全然ありません笑

動画は2時間半ありますが、2人が出てくるのは50分あたりから。

前座でうにゃうにゃおじさんがスピーチしたりしています。

 

さて、私は政策についてはよくわかりませんので、なんとなく抱いた印象を中心に書いてみます。

 

正統派のヒラリー

ヒラリーは堂々としていて、本当にかっこよかった!

「余裕」を見せることがテーマなんだろな、という感じでした。

  • 上下赤のスーツ
  • まっすぐにカメラを見る
  • 発言はゆっくりはっきり
  • トランプを「ドナルド」とファーストネームで呼ぶ
  • 反論にも笑顔で答える
  • 相手の発言中は相手を見つめて静かに聴く

言葉遣いも丁寧で、いかにも正統派の「大統領候補」といった風格です。場慣れしてるんだなあ、ってのがよくわかりました。

 

抑え気味のトランプ

とりあえずこの人は"beautiful"という形容詞が好きなんだなと思いました笑 「素晴らしい」という意味での"beautiful"。

  • 泳ぎ気味の視線、多いまばたきと水(緊張してるんだな…)
  • クリントンは役職名で呼ぶ
  • しばしば相手の話を遮る
  • しばしば同じ言葉を繰り返す
  • 「部分的には同意する」など、柔軟な対応
  • カメラではなく、司会者に向かって発言

プロレスから学んだとかいういつもの上げ調子は、聴衆が一緒に盛り上がってくれる一般人だからこそというのもあるんだろうなーって思いました。

昨日もわめいてはいたけどかなり抑えていたし、空回りしている印象も受けました。

 

終了後の両者のツイート

さて、討論会終了後は早速「どっちが勝ったか」の速報がツイッターに流れてきました。

 お互い、「自分が勝った」と出てる方の調査をツイートしているわけです。「情報」なんてそんなもんだよなあ、とちょっと笑ってしまいました。

 

どちらが勝った?

私がアメリカ人だったら、まず間違いなくヒラリーに入れます。政策のことはよくわかりませんが、少なくともトランプよりは他国のリーダーとも責任を持って議論ができるでしょうし、単純な排外論を振りまくことも無いだろうなと思うからです。

 

でもひとつ思ったのはこれです。

 「ヒラリーは今まで30年間ロクな仕事をしてこなかった。今更なにも変わらない。」というトランプのツイート。

昨日の討論会を見ていても、ヒラリーは政府側・上流層の人間、トランプは民衆側・中下流層と感覚の近い人間、といった構図ができてるなーと感じました。(実際どうかはさておき)

ヒラリーはいかにも大統領然としていたのですが、これまでの大統領にすっかり愛想をつかしていて、かつ政策にもそれほど興味の無い人たちが、いかにも正統派な人間に入れるかというと……

 

最終的にはどっちに転ぶかわからないなあ、と思います。

不正問題などもあってヒラリーも相当嫌われているらしいですし。

 

Brexitのこともあって、なかなかそう簡単に「ヒラリーがなるに決まってるじゃん!」とは言い切れません。

 

まだ討論会は1回目ということなので、今後も見ていこうと思います。

 

 

それではみなさま、よい一日を!

地元のアマオケに白人留学生が来たとして。

左耳の後ろというよくわからん場所が腫れています。

リンパとかそんなんでしょうか。基本リンパ詰まってる系スコーン。

 

 

ちょっと留学時代の思い出話を。

 

と、その前に。ちょっとみなさん考えてみてください。

 

あなたは地元の趣味の団体に所属しています。

その趣味というのは内部でいくつかのチームに分かれるような性質のものです。ここでは仮にオーケストラとしましょう。

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(京大オケHPより拝借。てへ。)

はい、オーケストラです。

 

そしてあなたはビオラという楽器のパートのトップです。率いるメンバーは6人くらい。みな近所に住んでいて、練習後に飲みに行くこともあるような仲です。

ところでこの団体には一人だけ白人がいます。両親がイギリス人で見た目も完全にイギリス人ですが、日本育ちなのでコミュニケーションの取り方は見た目日本人の人と全く同じです。その人はベースです。

 

 

 

そんなこんなでいつも通り練習していたところ(緩く楽しいオーケストラです)、演奏会本番まで2ヶ月というタイミングで近所の大学で日本語を勉強しているという白人留学生がやってきました。

留学生はイギリス出身だそうで、ビオラもそこそこうまい。どうやらパートトップの自分よりもオーケストラ慣れしていそうです。ただ、日本語はあまり話せない。まだ勉強中。年齢もメンバーの中で一番若いです。自分はアラフォーのおっさんだけど、その留学生はまだ20やそこら。ま、そこそこ弾けるから入ってもいいよ。

正直パートトップの自分よりもうまいけど、まだ子供みたいなもんだし、つーか日本語ちゃんとしゃべれねーし。ちゃんとこのオケの弾き方に合わせてくれよー。黒髪日本人が99%の中で金髪は浮くのに、度胸あるなあ……ま、がんばってちょーだいっ。

 

日本のアマオケだと、間違いなくこうなると思います。

 

え?うまい外人?ふーん、ちゃんと馴染めたらいいね。

 

ま、そんなもんでしょう。

 

 

 

 

ところがイギリスではそうではないようです。少なくともスコットランドエジンバラでは。

 

私が留学中に参加させてもらったオーケストラは、エジンバラの地元人ばかりのオーケストラでした。みんなザ・スコティッシュな人々。一人だけアジア人の男性がいたけど、彼はエジンバラ生まれエジンバラ育ち。

ざっと50人程度の100%スコティッシュの環境にいきなり飛び込んだわけです。英語もろくに話せないまま。

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(New Edinburgh Orchestra FBページより拝借)

そうそう、ここですよ、ここ。

 

ただ幸いオケ経験は豊富だったので、演奏だけならパートの中では一番こなれた腕前ではありました。

「ふう、これでなんとか足を引っ張ることはなさそうだ……」

そう安堵していたところ、参加3回目に指揮者とビオラトップから呼び出し。

「来週からトップを任せるよ。よろしく!」

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

は、はあ???

 

 

 

 

 

私外人ですけど?

英語ちゃんと喋れませんけど??

つか練習も途中からしか来てませんけど????

 

 

 

 

 

オーケストラやってる人はよくわかると思うんですけど、というか少なくとも京大オケの人はよーーーーくわかると思うんですけど、パートトップっちゅーのはめちゃめちゃ重たい存在です。特に弦楽器は大人数を率いるので腕前+その他の資質が必須……パートトップの存在は絶対です。

そんな中で3年間シバき上げられたスコーンからすれば、それはめちゃめちゃ衝撃的でした。というかそもそも外人ですよ?ガイジン!意思疎通に支障アリですよ???休憩のティータイムのたびに挙動不審になってますよ???

もーほんと、なんでそんなヨソ者をトップなんかにできるんだろう……エジンバラの人々の緩さというか、おおらかさというか。本当にびっくりさせられました。

 

冒頭のように逆パターンで考えてみると一層よくわかります。

日本のアマオケに、白人留学生。まあうまいっちゃうまいけど、ずば抜けてというほどではない。

そんな状況で留学生がトップになるようなことは万に一つも無いと思います。日本とエジンバラの違いをひしひしと感じた出来事でした。

 

 

 

よく言えば柔軟、わるく言えば適当。いやー、素敵な文化です。いい思い出をありがとうございました、エジンバラのみなさま。

『聲の形』、『君の名は。』

私、左右で目の大きさが違います。

えーっと、右目の方が大きくて、左目の方が小さい。どっちかが一重?んでどっちかが二重。

今日はいつも以上に差が大きくて、「あー、そういえば私左右で目の大きさが違ったんだよなあ」と実感していました。

 

『聲の形』、観たい。こえのかたち、と読みます。

www.youtube.com

大学時代に、漫画読んでました。ちょうど卒業するころに完結。めちゃ良かった……

心や気持ちの描写が独特だった印象。登場人物が「登場人物」っぽくない。普通の漫画だったら入れてこないような、リアルな台詞やつぶやきが多かった。心の揺らぎ方も、ごくごく普通のそこらへんにいる人、という感じ。そういうところが好きでした。

 

comicoの『こいいぬ』にもそういったリアルさを感じます。劇っぽくないこういう漫画、好きです。

www.comico.jp

それにしても、『聲の形』の映画版、本当に絵がきれい。話の流れは全部知っていても、それでも観たいなあ。ふらっと。

同じく若い男女のきれい系アニメ君の名は。がちょうど市場を席捲中なので、それがちょっと辛かったかもね…

 

そうです。君の名は。観たいですね。

www.youtube.com

間違いなく観ますね。

『シンゴジラを観たときにPVが流れていて、「あー、観たいなー」と思って早1ヶ月。本当はこの土日に行こうと思っていたのですが、まさかの映画館が予約でいっぱいで、来週までがまん。。。

お昼上映が3つとも満席って、今まで見たことないっすよ。。。

ま、楽しみにしておきます。

 

そんなこんなで9月ももう終わりか。そろそろもう秋なんだな、と気候からしみじみ感じています。こうして月日は回っていくのですなあ。

言語と文化

前回の記事にも書きましたが、「ある言語を別の言語に言い換える」という意味での通訳・翻訳は私が生きているうちにAIに代替されるでしょう。

言語学習とは膨大な知識と経験のインプット⇔アウトプットの繰り返しであることを考えると、これはどうにも将来代替されてしまう気がしてならないのです。

 

ただ、それでも人間が対応しなければならない分野は残ります。

自分の日本語が完璧な英語に訳されて相手に届けられる未来が来たとしましょう。そんな未来においても尚人間がしなければならないものはなにか。それは異文化への適応です。

 

"Hi."は「やあ。」ではありません。

道で知り合いにばったり会ったとき、駅の窓口でチケットを買うときに会話の呼び水として使うのが英語の"Hi."です。英語圏に住むと毎日必ず使う言葉です。

一方で「やあ。」はどうでしょうか。正直私はこの言葉をおふざけ以外で使ったことはありません。誰かが使っているのもほとんど見たことはありません。物語の中でしか使われることのない言葉、それが私の「やあ。」に対する認識です。

 

"senior"は「先輩」ではありません。

"senior"は「年上の人」という意味はありますが、だから敬語を使う、だからseniorは目上、といった意味は含みません。

一方で「先輩」は「年上を敬う」という文化の枠組みの中にあって初めて機能する言葉です。先輩は無条件に敬うべき、先輩には必ず敬語を使う。

 

このように、言語は習慣や文化という文脈の中にあって初めて機能するものです。ただ似たような「意味」の言葉に変換すればよいというものではありません。

こうした空気のようなものは、AIがどれだけ発達しても人間が適応していかなければならない部分だと思っています。

 

商談や国際会議の方がかえって通訳の機械化が容易かもしれません。共有している前提がかなりしっかりしていそうですから…

 

ところで、『未来に先回りする思考法』という本において、テクノロジーの本質的な特徴は次の3つに絞られると書かれています。

  1. 人間を拡張するものであること
  2. いずれ人間を教育しはじめること
  3. 掌からはじまり、宇宙へと広がっていくこと

2.についてわかりやすい例は「貨幣」でしょうか。物々交換を容易にするために生まれた「貨幣」は、いつの間にか「便利なツール」から「人間を縛るもの」へと変貌を遂げました。人間は「貨幣」によって教育されたといえます。

 

となると、AIによる「通訳・翻訳」が可能になったとしたら、人間の使う言葉もAIに解釈されやすいように変化していくのかもしれません。あたかもAIに教育されるかのように。

 

未来に先回りする思考法

未来に先回りする思考法

 

 

通訳がAIに代替される未来

今年のシルバーウィークは歯抜けの連休ですが、旅行など特に行かない身からすればむしろこちらの方が嬉しいですね。今日はお仕事、明日はお休み!

先週の土曜日にようやくウェディングドレスも決まりまして、諸々準備も進んでいるなあと嬉しい限りでございます。

 

ところで昨日聞かれたのですが、「AIが通訳をできるようになったらどうするのか」。言葉ってそう単純なもんじゃないから、しばらくは無理っしょ…と答えてみたものの、いや、今後十数年であっさり可能になってしまうのかもしれませんね。

技術の進歩は常に侮ってしまうものですから…

膨大な音源と資料と文章と経験をインストールして、その中から最適解を見つけ出す…これが通訳のやっていることだと思うのですが、となるとむしろAIの方が強いですよね。彼らは人間を遥かに超える速さで大量にインプットできるのですから。

 

ではさて、私は何を仕事にすればよいのでしょうか。勉強するのが好き(語学も知識も)、人の援けになるのが好き、ということで思いついた通訳という選択肢ですが、通訳が将来不要になるとしたら私は何で役に立てるのでしょうね。

これからはちょっとこのことを頭の片隅で時々考えてみようと思います。