読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

朝からスコーン

考えたこと。やってみたこと。やってみたいこと。

結局英語なんて、必要に駆られないと勉強しないよね

 

 

私はある大学の教授の秘書として働いている。

そしてその教授はどちらかといえばカタカナ英語。

文法やつづりももたまに変だったりする。

 

 

でも海外講演を堂々とこなすし、海外メディアのインタビューにも英語で応じる。

そして国際的に高く評価されている。

 

カタカナ英語だけど。

 

 

 

 

 

LINEの執行役員に、田端信太郎さんという人がいる。

 

その方がこんなnote記事を上げていた。

 

note.mu

以下note記事より引用。(太字引用者)

まずは、初めにこの動画を見てほしい。

 

こちらは、私が2015年の11月初旬にアイルランドはダブリンで行われたネット業界最大級のカンファレンスであるWEB SUMMIT 2015にて各国から集まった1000人近い観衆を前に披露した「マーケティングプラットフォームとしてのLINE」を売り込む英語プレゼンである。

 

上記の動画に収録されたもの以外でも、欧州最大級のソーシャルメディアについてのカンファレンスであったENGAGE(2015年はプラハで開催)においても、同じく1000名近い観衆の前で話をさせてもらったりもした。見込み顧客やパートナー向けに、一般には非公開でなされるセミナー的なものも、2015年においては、月に平均で2〜3回はあったように思うので、おそらく、東京ベースで働く純ドメで留学経験ナシという、セコい(笑)前置きを付けさせてもらうならば、私は、おそらく日本のネット業界ビジネスマンの中で、昨今最も英語で、多くの人間の前でプレゼンしてきた部類に入るのでないか、と自負している。

 

このプレゼン自体も、正直、全く完璧ではない。自己採点するならば、58点くらいだ。まだまだ多いに向上の余地だらけである。しかし、あえて、他人様に向けて、このような文章を書く決心がついた理由が一つある。WEB SUMMITもENGAGEも、聴衆は1日1000$近くする入場料を払ってくるようなイベントだ。当然、オーディエンスも真剣なわけだ。その中で、いちおう、ブーイングが起こったりしないし、Twitterのコメント等もポジティブなものが幾らかは付いたりはする、つまりは、ある程度、意味のあることを話せて、伝わってはいる、という最低限のレベルはクリアできたのではないだろうか、という自己判定をかろうじて持てたので、このような文章を書いている。

 

実際に、noteから田端さんのプレゼン動画を見てみた。

 

うん、カタカナ英語だ。

 

でも言いたいことははっきり伝わってくるし、この人の話を聴きたいな、とも思わされる。

 

 

教授と田端さんの英語を見聞きして思ったことを書いてみる。

 

 

 

 

 

「伝えたいことあってこそ」の英語

 

私の職場の教授と田端さんには共通点がある。

 

それは、「既に専門とする分野がある」という点だ。

 

教授であれば、学会発表に必要だから、論文執筆に必要だから、海外の研究者と議論するのに必要だから英語を習得しているのであって、「これからの時代英語が大事っぽいから英語を勉強しよう。」「話せるようになったぞ、さて、どこで使おう」という順序ではない。

 

必要に駆られての、言い換えれば、「伝えたいことあってこそ」の英語である。

 

 

 

 

LINEの田端さんにしてもおそらくそうだろう。

今年NY証券取引所に上場し、これからますます海外展開を推し進めるであろうLINE(そもそも韓国系の企業だが)。役員としてだけではなく、一個人としても英語の必要性を感じていたのではないだろうか。

 

このグラフからもわかる通り、ネット上における英語使用人口は実に日本語の約8倍。LINEのようなIT系企業ならば、一層英語が必要となる機会は多いのだろう。

 

http://www.garbagenews.com/img16/gn-20161114-08.gif

インターネットで使われている言語の普及率をグラフ化してみる(2016年)(最新) - ガベージニュースより引用

 

こういう人たちは、英語学習の動機、学びたい内容が非常にはっきりしている。

 

 

まず日本語の時点で自分の専門分野があり、自分の主義主張があり、所属する環境(学会や業界)があり、語るもの、語る場がある。

 

すでに文脈や前提知識を共有している中においての英語。

そこでは発音が良いとか文法が美しいとかそんなことは関係ない。

 

「何を伝えたいのか」。これこそが重要だ。

 

そして日本語で「伝えたいもの」をすでに持っている人は、あとはそれを英語に翻訳する術を学べばいいだけ。

 

方向性が非常に明確。

 

目的を持っているから、上達のスピードはかなり速いのだろうな、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

挫折する人が多いからこその書籍の多さ

 

私は「趣味は本屋巡りです」といえるほどの本屋好きなのだが、英語の教材はどこに行っても必ず1棚分はある。

大規模な書店であれば、十数メートルがぜーーんぶ英語。

 

ネット上や駅前でも語学学習サービスがあふれかえっている。

 

で、思うのだが、これは裏を返せばそれだけ挫折する人が多いということなのかな、と。

 

本を購入した人がその後満足のいくレベルまで上達していれば、初歩的な教材がこれほど書店にあふれかえることは無いだろう。

英会話教室に通った人がその後教室が不要になるレベルに達していれば、電車で英会話教室の広告が踊り狂うことも無いだろう。

 

 

「これからは英語だ!」「英語やんなきゃやばいぞ!」と煽られ煽られ、手を出してみるものの、今すぐに自分の生き死にに関わることは無いものにそうそう注力することはできないだろう。

 

 

現代日本の英語産業は、この「たぶんやんなきゃやばいけど、今すぐやらなくても食ってはいける」という絶妙なポジションを存分に生かしているんじゃないかと思う。

 

 

私も相当喰い物にされてきた方だが、気になりつつお金使いつつでも上達しないって人はいっそ必要になるそのときまで無関心を貫いたほうがいいのかも…笑